理事長よりご挨拶

社会医療法人 福島厚生会は昭和27年、初代理事長星野俊良によって設立されました。設立後50年余の歴史を歩み、幾多の変遷を経て今日に至っております。
  私は平成12年4月理事長に就任いたしました。患者様にとって高い満足度と安全な医療を提供できるように、法人全体として取り組んで参りました。病院玄関には患者様の人権に関するリスボン宣言(1981年)を基に「当院をご利用の皆様へ」のパネルを掲示して、患者様と医療者の意志の疎通 をはかるべく努めております。また福島第一病院で施行された心臓血管外科、外科および整形外科の手術例数と成績を院内に掲示しております。
 そしてより安全な質の高い医療を患者様に提供するために、平成14年2月にはISO9001:2000の認証を受け、次いで平成15年12月には日本医療機能評価の認定を受けました。また職員には働きがいのある職場とするために、ISO9001および日本医療機能評価の基本概念を旨として、よりよい職場づくりにも努力していく所存であります。
  超高齢化社会となり患者様のニーズは多様化して参りました。いま病院は変革が求められています。地域医療に根ざした病診連携は極めて重要であると認識しております。現在地域の92医療機関からの連携のご登録を頂き、実りある病診連携を築き上げたいと考えております。
  かねてより、医療と福祉は表裏一体であるべきと考えておりました。平成15年12月に社会福祉法人「慈仁会」を立ち上げました。平成16年9月にはユニットタイプで、全室個室(100室)の特別 養護老人ホーム「星風苑」を開設いたしました。静かな緑の多い環境で、ソーラーシステムを設置し、地球にやさしい快適な施設にするつもりであります。 当医療法人と社会福祉法人は姉妹法人として、連携を密にして、地域の医療および福祉の更なる充実をめざして努力して参ります。
 また、当法人は仕事と家庭の両立支援を推進し、職員の能力が充分発揮できるよう「男性の育児参加促進事業」への取り組みを行っております。
  今後ともよろしく御指導、御鞭撻のほどお願い申し上げます。


社会医療法人 福島厚生会 理事長 星野 俊一



プロフィール
福島医学雑誌、2000年より
 星野俊一先生は福島県立医大生え抜きの外科医である。医大では昨年退任された薬理学の中西教授、来春定年になられる微生物学の茂田教授と同級で、特に中西先生とは野球部でも一緒で、学生時代は名ショートとして名をはせていたそうである。 1960年(昭和35年)に卒業されて第一外科に入られ、心臓血管外科の方向に進んで、1967年−1970年には南カリフォルニア大学に留学、そこで学んだものを持って帰られて福島で人工心肺を使った心臓手術が始まったのである。(それまではすべて体表冷却による低体温手術だった。) 1989年(平成元年)に心臓血管外科が診療科として独立したときに教授となられた。(この診療科は後に講座と成った。)福島医大の心臓血管外科は4つも高度先進医療が認められている。「心臓血管外科における私のアプローチ」と題して行われた最終講義も、この4つをめぐって行われた。まず補助人工心臓であるが、現在まで10人使用し、6人で離脱に成功、うち4人は退院し、3人は現在も生存していると報告された。

− 略 −

あとの3つはレーザー血管形成、血管内超音波診断、血管内視鏡とすべて血管外科の領域で、実際に福島医大は血管外科の中心的存在であり、星野教授は最後の3年間、厚生省の静脈疾患研究班の主任研究者もされていた。 1980年頃までは根治手術を拡大の方向に進めていたものが、それ以降は臓器保存・低侵襲の方向へと転じてきた外科一般 の傾向と同じく、血管外科も内視鏡で行えるところはそれで済ませるようになってきており、ビデオやパソコンの動画で提示されたその内視鏡手術画像で、私は静脈弁の血管内での実際の形を初めて見たし、大動脈瘤も切らずに内視鏡でステントをおく治療法をはじめて知った。
  最後に、第一外科の先輩である元木学長は「第一外科時代のスライドを見ると、自分は術後管理を引き受けていたこともあり、人工呼吸器もなく2時間交代で(麻酔器の)バッグを押し続けていたことなども思い出され、涙なくして見られない」と挨拶された。星野先生は退任後、実質的にすでにご自分の病院であった福島第一病院でメスを取り続けられる。


福島県立医科大学 医学部 香山雪彦教授


福島第一病院健康管理プラザ訪問看護ステーションささやすばる保育園複合施設ホリスティカかまた星風苑
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